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zoom RSS 亡き祖母を思う

<<   作成日時 : 2015/03/05 09:44   >>

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先日 園芸店の店先で矢車草の種を見つけました

亡き祖母の好きだった花です
家の前のほとんどを花畑にしてしまうほど
花好きだった祖母のことを思い出しました

父が亡くなり 母が大阪で働くことになって
私が祖父母に預けられたのが2歳のころ

幼い子供の心を乱すので 
顔を見に帰らないようにという親戚の助言があって 
母は盆と暮の2度だけ帰郷していました

それからずっと 祖母が私の母親代わり
農家の作業は夜明けとともに始まり
目を覚ましても留守のことがほとんど
日が落ちるまで作業をして帰るので
学校から帰ってもひとりでした

そんな私と祖母の交換日記のようなものが
1年生から6年間続いた漢字ノートでした
毎日4ページ 祖母が記してくれた漢字を書いておくと
次の日には 赤字で訂正や言葉が添えられていました
少し字が乱れていると 
「どがいしたん? 昨日はなんかあったんかよう?」と聞いてくれたものです

小学校の高学年になったころには
室生犀星の詩集をすすめてくれました
当時 友達や近所の人から両親がいないことで
面白おかしく噂をする人がいるなか
母への恨みのようなものを持ち始めた私に
たぶん 母の胸の内を伝えたかったのかもしれません

有名な詩に

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

もう一つには 幼くして養子に出された作者が
立派な人になっているという 私への励ましのような
そんな思いだったかもかもしれません

下村湖人の『治郎物語』を勧めてくれたことも思い出します
こちらも幼少期に里子に出された次郎の成長を
青年期にかけて描いたもので 作者の体験からなるものでした

当時はあまり理解できていなかった私でしたが
後に読み返していくうちに 
祖母なりに私の境遇を案じてくれていたんだと感じました

私の素行に異変があれば 母は祖母を責めていましたし
それが嫌で ちゃんとしなくては思ったものでした

あまり顔を合わせる時間がなくても
祖母は私の服装の乱れや 脱いだ靴の乱れなどから
私の成長を見守ってくれていました

靴をちゃんとそろえる
行き帰りは お仏壇の前で挨拶をする
夕方になったら 風呂を沸かす(五右衛門風呂でしたから)
お米をといでおく (おくどさんで炊くごはん懐かしいです)
姿勢をよくするようにと ものさしを背中にいれられたことも

小学生の頃 いずれは都会に出る子だからと
祖父が遅くまで起きて勉強をすることを嫌ったので
農作業を手伝わせるふりをして 祖父の目を盗んでは
畑のすみの小屋の中で こっそり勉強をさせてくれたり

祖父は勉強よりも ずっと一緒に田舎で暮らしてほしい
そう思っていたのかもしれません
良い炭の焼き方を教えてくれたり
牛の毛並のそろえかた 田んぼの水の入れ方
縄をなうこと タモ網の修理など 家の中の修理全般を
ていねいに教えてくれましたから

今聞けば いつの時代の話ですか?と笑われそうですが

ちょっと横道にそれましたけれど
祖母の口癖は
「服装の乱れは心の乱れ 足元の乱れは素行の乱れ
 いつかお母さんになっても これだけは忘れちゃあいけんで」
でした
誰が観てもわかる こどもの一瞬の変化ですね

そんな厳しく優しい祖母がいたおかげで
どうかしたら 乱れていきそうだった私も
人並みに真面目に生きてこられたのだと思います

あとは 世間の奇異の目に負けたくなかった
それが一番だったかも知れません

矢車草の種は ちゃんと育っています
相思相愛の人がいながら 
家をつぐために家の犠牲になった祖母の
私の未来を思い
家の犠牲にならない人生を歩ませてくれた祖母に
感謝します

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コメント(4件)

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今までブログ拝見していましたがそんな生い立ちだったとは全く微塵も考えず また感じさせず読み進んでいました しかし読みたいと引かれた訳がわかったような気がしました 内容に引き憑かれる何かがあったのはこのような体験に裏付けられていたからなんだなってまさに今思っています 未来に向けていつだって今が一番新人なんだって思うように50を越えたくらいから思うようなりました
だから何でもチャレンジして立ち止まる様なことはしたくない せめて次に繋がるようにその場足踏みをしたいってアラ還のいま思っています お互いにもっとガンガン行きましょう!
UMC
2015/03/05 21:53
UMCさん こんばんは

そんな風に仰ってくださって、恐縮しています。
文字にするとなんだか重くなるようで、あまり書くべきではないのかもと思いましたが、矢車草を見つけて、ついつぶやいてしまいました。

私も50過ぎたあたりで、同じようなことを思うようになりました。
一番新人なんだと思うように、そうすると腰も低くなり、教わろうという気持ちも素直に持つようになれました。
また何でも興味がわいてきました。

もっとガンガン、いいですね、元気が湧いてきます。
明日も広場で学んでまいります!!
みかんママ
2015/03/06 00:02
こんにちは
良いお話 良い思い出ですね
昔は こどもを 両親だけでなく
周りの大人皆が 育て 叱って
育む環境だったのが 核家族になって
こどもの成長ぶりが随分と変わったと
言いますよね

みかんママさんのご家族への豊かな愛情や
丁寧な手仕事など おばあ様から大事に
伝えられたおかげなんですね
おとめ
2015/03/11 12:19
おとめさん ありがとうございます

本が好きで花が好きで、和裁がとくいな祖母でした。
2歳のころから母親代わりになり、育ててくれました。
茶道や華道もすすめてくれ、躾もきびしかったけれど、
楽しい思い出もいっぱい、亡くなる前日を一緒に過ごせたのが何よりでした。

もう少し楽をさせてあげたかったと思います。
みかんママ
2015/03/12 08:51

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